ふと少しだけ気持ちが軽くなる日があります。
大金が入っているわけではありません。
急に生活が変わるほどの余裕があるわけでもありません。
それでも、
小さなお札が一枚残っていたり、
使わなかった小銭が静かに入っていたりすると、
それだけで少し安心することがあります。
まるで、
冬の終わりに道ばたで小さな花を見つけたような気持ちです。
お金というものは、
時々とても冷たく感じます。
足りないときは不安になり、
減っていくと心細くなり、
考えすぎると眠れなくなることもあります。
けれど、
お金はただ人を苦しめるためだけにあるものではないはずです。
あたたかいご飯を買うため。
電車に乗って少し遠くへ行くため。
好きな本を一冊買うため。
寒い日に温かい飲み物を飲むため。
そう考えると、
財布の中のお金は、
小さな自由のかけらのようにも見えてきます。
もちろん、
毎日がそんなにきれいごとだけで回るわけではありません。
支払いは待ってくれないし、
物の値段は少しずつ上がっていくし、
ため息をつきたくなる日もあります。
でも、
そんな日々の中でも、
ほんの少し残った余裕を見つけることがあります。
今日は買わなかった。
今日は無駄に使わずに済んだ。
今日は小さく守れた。
それだけでも、
財布の中に小さな春が来たような気がします。
春は、
一気に満開になるものばかりではありません。
最初は小さな芽です。
まだ寒い風の中で、
土の下から少しだけ顔を出すものです。
お金の安心も、
きっとそれに似ています。
大きな成功や、
大きな収入だけが春ではありません。
今日一日を越えられたこと。
明日の分が少し残っていること。
無理をしすぎずに済んだこと。
そういう小さなことの積み重ねが、
心の中の寒さを少しずつゆるめてくれます。
財布の中に入っているのは、
ただのお金ではなく、
明日を少し楽にするための小さな種なのかもしれません。
派手ではなくてもいい。
たくさんでなくてもいい。
小さくても、
自分の手元に春が残っている。
そう思えるだけで、
少しだけ前を向ける日があります。
今日も財布を閉じるとき、
中に残った小さな安心を見つけられたなら、
それはもう、
静かな春の始まりなのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
PR
よろしければ、
のぞいてみてください
0 件のコメント:
コメントを投稿